日本放送文化大賞テレビ部門グランプリを受賞したドキュメンタリー映画「人生フルーツ」
地方のテレビ局によって製作され口コミによって話題が広まる。
東海テレビによるドキュメンタリー2017年公開「人生フルーツ」。
修一さん1925年1月3日生まれ東京大学卒業後、建築家、広島大学教授として活動。
英子さん1928年1月18日生まれ愛知県半田市の老舗の造り酒屋の娘。
27歳で結婚二人の間に娘2人。
建築家 津端修一さん(90)と妻の英子さん(87)のつつましい日常生活を描いたドキュメンタリー。
長年連れ添った夫婦の最晩年、この国が忘れてしまった本当の豊かさとはなにかが見えてくる。
愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウン団地の設計に携わっていた昭和30年前後。
次から次と建てられていた集団的住宅地やがてニュータウンに家を建て暮らすこと50年。
かつて庶民の夢だった団地の風景もすっかり変わってしまった。
穏やかな日々の中から日本人が共感するたった二人の人生の姿を描きだす。
取材期間は二年間。
ナレーションは樹木希林さん。
たんたんとした語りで二人を描いていきます。
番組の後半頃には思いがけない事がおき、カメラは事実を真摯に映し出していく。
昔ある建築家が家は暮らしの宝石箱でなければならないと。
高蔵寺ニュウタウン(愛知県春日井市)45、000人の人が暮らしている。
津端さんの家が建てられたのは40年前。
可愛い手づくりの表札がかかっている。
庭の畑には沢山の種類の野菜から果実、タケノコ等が作られているタケノコを採って見せる良いタケノコだ。
朝の食事が出来たので奥さんの英子さんは修一を呼びに行くが庭が広くて聞こえないのだ。
探し回ってやっと見つける。
二人揃っての朝食だ。仲がいい。
家の敷地には農作業小屋、畑、果樹、母屋、雑木林がある。
ジャガイモ、トウモロコシ、梅、イチジク。
修一さんはこの物たちのプレートを可愛く黄色に塗り品名を書いて畑にさしこんでいる。
野菜70種類果実50種類ある。
ナラ、エゴ、アベマキ、タヌギ、竹の木、甘夏の木には黄色のプレートにアマナツと書きママレード!と書いてある。
この家が素晴らしい。
天井が凄く高く手の届かない場所に窓が沢山あるので長い棒を使って開け閉めをしている。
90歳とは思えない軽々しい身の動き、家は平屋で30畳一間。
修一さんの尊敬する建築家アントニンレーモンドの家を再現したそうだ。
そして庭には小鳥が水浴びできるようにと水の入った入れ物が置いてある。
やさしい心つかいだ。
小鳥が遊んでいる姿をみると私も嬉しくなる。
修一さんは友達を大事にしていて、手紙だけの繋がりを大事にして毎日10通位書いてポストに入れに自転車に乗って出かける姿が90歳とは思えないシャキッとしていて若々しい。
英子さんは子供の頃から女の子はいつも笑顔を絶やしてはいけない、横になってはいけないと言われて育ってきたので大人しかった。
何でも言える様になったのは結婚してからだ。
二人はお互いのことを修一さん英子さんと呼び合っている。
お互いを尊重、尊敬しているのだ。
奥さんは何でもでき畑の食材を使って美味しい物を沢山作り、修一さんの喜ぶ顔が見たいために毎日を楽しんでいる。
英子さんは修一さんのことを晩年になってから良い顔になってきたと。
幸せなんだろう。
英子さん修一さんはお互いに何かをしてあげたいと思っている。
こういう夫婦は相思相愛。
何だろう見ていても自然でいい関係だ。
そして心身が若い。年を感じさせない。
修一さんが書かれたイラストがなんと可愛らしいでしょう。
90歳と87歳の男女が手を繋いだイラスト。
微笑ましいです。
このイラストを見て「おまえ100までわし99まで共に白髪の生えるまで」が浮かんできました。
修一さんは英子さんのことを最高のガールフレンドだとおっしゃいました。
「雨がふれば土が肥える土がが肥えれば果実が実るコツコツゆっくり」
何でも自分で作りコツコツ。ゆっくりと時間はかかるが何かが見えてくる。
軽やかな音楽と共に何気ない日常が流れていく。
この映画は観ている私達に本当の豊かさとは何かを伝えている。
2015年6月2日畑の草むしりをした後、昼寝をしたまま起きてこなかった。
亡くなったのだ。
英子さんはベットに横になっている修一さんに話しかける。
「おじいちゃんこれから一生懸命やるから見ていてね。
私の命尽きたら一緒に南太平洋に骨灰を撒いてもらおうね。
それまで待っていてね。
約束してね。
一人で寂しいけれど又会える日を楽しみにしていますから」
と涙して修一さんに話しかける。
毎日遺影に食事を作り運ぶ。
御主人指導の下に働いていたからどうしていいかわからない。
これからどうして生きていったらいいか悲しいよりも空しい。
テレビを観る事が多くなったそうだ。
修一さんがお元気だった頃に1通の手紙がきた。
内容は、
『拝啓突然にお手紙をさしあげます。
私は佐賀県伊万里市の精神科病院で仕事をしています。
私達のクリニックでは新しい施設を作る事にしました。
患者さんの中には経済中心の社会にもまれ、本来の自分を見失う程無理をして病を発症する人が大勢います。
人間的な暮らしとは何かお力をお貸しください』
と言う内容だった。
亡くなる2ヶ月前に私は90歳人生最後に良い仕事に巡りあいました。
設計料など一切御辞退させて頂きます。
安心して詳細を相談してくださいきっと良い事がありますと。
毎日の暮らしの中に安心感がしっかりと根づいている事がなりよりだとおもうのです。
次の世代が豊かになるように繋いでください。
お金より人です。
雑木林は自然のクーラ涼しいな!
四季おりおりのフルーツがいっぱい。
手仕事何でも自分でできる物から小さくコツコツ。時をためて、ゆっくり。
修一さんは私にとって一生に一度の幸せなお仕事。
生きている限り最善を尽くしたいとおもいます。
修一さんが亡くなってから8か月後に伊万里で新しい施設の建設がはじまった。
観終わってからこのドラマの余韻が残っている。
何だろうお二人の静かな生活の中には高齢者とは思えない行動力と力強さが見る者に伝わってくる。
お二人は何でもできやってしまうのだ凄い。
人に頼らず自分でできることは全てやってしまう。
原動力がある。
毎日が幸せに満ちている畑を耕し、沢山のフルーツ。
自給自足の生活は二人にとって生きがいだったのではないか。
素晴らしいご夫婦でした。